世界で、あなただけを

ふひぬる
るふゆ
つひ
やちし
らふむぬさ

にしひなつ

 私の携帯に奇妙なメールが届いたのは、木曜日の夜だった。件名は「下を見ろ」―なのに、指示どおりメールの続きを読もうとしても、文面は「にしひなつ」で終わっている。
(にしひ…西日、夏?)
 下を見ろ、というのはメールの下の方を読めという意味じゃないんだろうか。
 今の私を誰かが見たら、ただの悪戯メールじゃないか、なぜすぐに捨てないんだ、と呆れるかもしれない。でも、これは絶対に悪戯なんかじゃない。私は読まなくてはいけないのだ。読みたいのだ。読まなかったら一生後悔するに決まってる。だって、このメールは―


「暗号ね」
 画面を一瞥するなり、A子は断言した。一晩考えても分からなかったから、意を決して相談してみたのだ。A子とは特別に親しいわけじゃないけど、彼女は頭が良いのでこういうときに頼りになる。それに、親友たちにはまだこのことを知られたくない。
「暗号なのは私にだって分かる。ただ、解き方が―」
「分からないんだ?」
 カラカラと笑うA子。私が困っていると、彼女は急に話題を変えて、
「ねぇ、あんた、キザな台詞を吐く男は好き?」
「え?」
 少し戸惑いながら、私は辛うじて「相手による」と答えた。もちろん、頭に浮かんでいたのは一人の男性の顔だ。
「なるほど。じゃ、素直にヒントに従いなさい…下を見ろ」
「何も書いてない」
「下を読めじゃなくて、下を見ろ。あんたは初めから解読表を持ってるのよ」
 A子は席を立ってしまった。去り際にこう言い残して―
「にしひなつ=ケンジさんによろしくね」
 え?
 なぜA子が健司さんのことを知ってるんだろう。差出人の名前は、私が登録したとおり「石田さん」になってるのに。
 そこまで考えて、私はようやく答えに気付いた。メールの「下」には1〜#まで12のキーが並んでいる。5を2回押すと「に」になり、また「K」にもなるキーが。


 ふひぬる=ONLY…


(800字・空白含む)